<磁石プロの視点>
現在の量子コンピュータの動作温度は、量子ビットの量子状態を安定させるために、絶対零度に近い温度、約0.01ケルビン(-273.14°C)以下になります。この温度はヘリウム冷凍機や希釈冷凍機という特殊な冷凍機で冷却しなければなりません。
マグノンポラリトンとは、光と磁石が結合した状態ですが、この研究がさらに進展して、室温で安定した超強結合のマグノンポラリトンを作ることができれば、量子コンピュータの操作を室温で行える可能性が出てきます。もし実現すれば、世の中のコンピュータの大変革を起こすことになり、大きな注目を浴びる研究になりそうです。
<発表研究機関とニュースソース>
・東北大学プレスリリース *2025年2月4日
・米国物理学会 Physical Review Applied速報論文(Letter)*2025年1月17日
<発表のタイトル>
磁石での波と光が強結合した状態を室温で実現することに成功 量子コンピューターの操作に期待
<発表のポイント>
◆金属のらせん構造と磁石で構成されるメタマテリアル(注1)を用いて、室温で光(マイクロ波)と磁石が極めて強く結合した状態を実現しました。
◆量子コンピューターの操作、表裏が決まったマジックミラーの開発に繋がると期待されます。
<発表の概要>
光と磁石が結合した状態はマグノンポラリトン(注2)と呼ばれ、超伝導量子ビットを用いた量子コンピューターの操作に繋がるために、多方面から研究されています。これまでの研究では、金属の箱(マイクロ波にとっての共振器)に磁石を入れ、マイクロ波を当てることで強い結合が実現されてきました。これを超える結合比を持つ極めて強い結合(超強結合、結合比0.1以上)を実現するためには、低温の超伝導体が共振器として用いられています。しかし室温で安定した超強結合マグノンポラリトンを作ることができれば、量子コンピューターの操作を室温で実現できる可能性があります。
東北大学大学院理学研究科の三田健太郎大学院生、同大学学際科学フロンティア研究所(大学院工学研究科兼務)の千葉貴裕助教、同大学高度教養教育・学生支援機構の児玉俊之特任助教と冨田知志准教授(大学院理学研究科兼務)、京都工芸繊維大学電気電子工学系の上田哲也教授、京都大学大学院工学研究科の中西俊博講師、理化学研究所放射光科学研究センターの澤田桂研究員は、金属のらせん構造のカイラルメタ原子と絶縁性の磁石の磁性メタ原子からなる人工構造体、磁気カイラルメタ分子を作製し、マイクロ波に対する応答を調べました。その結果、メタ分子では室温で結合比0.22の超強結合マグノンポラリトンが実現していることが明らかになりました。それのみならず光の透過が表と裏とで異なる方向非相反性(注3)も実現していました。本研究では、カイラルメタ原子を共振器としてメタ分子に取り込むことで、金属箱や冷却を必要とせずに、コンパクトで室温動作するマグノンポラリトン媒体の開発に成功しました。
本成果は1月17日、米国物理学会による学術誌Physical Review Appliedに速報論文(Letter)として掲載されました。


<用語解説>
注1. メタマテリアル
天然物質では困難な物性を実現することができる人工構造物質。マイクロ波領域での負屈折率メタマテリアル、メタマテリアル不可視化クローク(透明マント)などが有名。
注2. マグノンポラリトン
磁石は電子のスピンが揃った状態と考えられる。このスピンの波であるマグノンと呼ばれる準粒子が、マイクロ波などの光が結合した状態(ポラリトン)をマグノンポラリトンと呼ぶ。ポラリトンにはこの他にも、格子振動(フォノン)と結合したフォノンポラリトン、電子と正孔のペアである励起子と結合した、励起子ポラリトン、金属表面に局在化した自由電子の集団振動(表面プラズモン)と結合した表面プラズモンポラリトンなどがある。
注3. 方向非相反性
表から見た場合と裏から見た場合で、物質の屈折率が異なる現象。磁気光学(MO)効果による一般的な非相反性とは異なり、偏光に依存せず、光の進行方向に依存して透過係数や屈折率が異なる現象。表裏の決まったマジックミラーの実現に繋がる。
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