<磁石プロの視点>
近年、BEVやHEVの駆動用モーターとして、永久磁石内部配置型同期リラクタンスモーター・IPMSynRM(Interior Permanent Magnet Synchronous Reluctance Motor)が数多く採用されています。このモーターは、永久磁石内部配置型モーター(IPM)と電磁鋼板のスリットの磁気抵抗を利用した同期リラクタンスモーター(SynRM)を高度な磁気回路設計で組み合わせたモーターになります。
しかし、このIPMSynRMは永久磁石にはネオジム磁石のような高性能磁石が必要であり、レアアース資源問題に対しては将来の大きなネックとなっていました。
そこで、今回、自動車部品メーカーAstemoが発表した新型モーターは、ネオジム磁石の代替として酸化鉄を主原料にしたフェライト磁石を使ったIPMRynRMと、永久磁石を全く使わないSynRMを補助モーターとしてセットにした画期的なレアアースフリーモーターとなります。
Astemoは2030年の実用化を目指していますが、量産の目途がつけば、将来のBEV、HEVのみならず、各種産業用モーターに対するレアアース問題をクリアすることになり、大きな技術革新になるかもしれません。
ただし、高磁束密度のネオジム磁石を使わない本開発のようなIPMSynRMやSynRMは、どうしても単体の重量や容積が増えたり、補助モーターとの組み合わせが必要になり、システム全体の重量、容積が大きくなりがちで課題は残ります。したがって、将来、南鳥島近海のような大規模レアアース鉱床の開発、商業化が成功し、レアアース問題が解消するまでのつなぎの技術である可能性も捨てきれません。
<レアアースフリーで資源リスクを低減する新型モーターを開発>
*Astemo株式会社 ニュースリリース 2025年10月27日
-レアアースフリー磁石と同期リラクタンスモーターの組合せで、
主駆動から副駆動まで幅広い出力に対応-
Astemo株式会社(以下、Astemo)はBEV向けに、資源リスクを大幅に低減可能な、レアアースを使用しない新型モーターを開発しました。このモーターは、回転部であるローターコア(鉄心)に磁力を発生させて回転力を生み出す同期リラクタンスモーターと呼ばれる方式で、BEV駆動システムの動力源として、レアアースを多く使用する従来型の永久磁石モーターの代替を可能にします。今回の開発では、駆動力を常時発生させる主駆動モーター向けには、レアアースフリー磁石を埋め込むことで180kWの高出力を実現したほか、パワーアシスト用途の副駆動モーター向けには、惰行回転時のエネルギーロスがない同期リラクタンスモーターを組み合わせることで、合計315kWの出力をカバーしました。同期リラクタンスモーターは2030年ごろの実用化をめざしており、量産自動車へ採用されれば世界初となります。

従来のBEV用モーターでは、強力な磁力を生み出すため、ローターにネオジムなどのレアアースから成る永久磁石(ネオジム磁石)を多く使用していました。しかし、レアアースは地政学的なリスクが高く、安定供給が課題となっていました。一方で、レアアースフリーで知られるフェライト磁石は、磁力が1/3以下となるため、従来と同じ出力を得るためには、モーターのサイズを理論上約3倍にする必要がありました。対策として、永久磁石を使用しない誘導モーターや巻線界磁モーターなどが実用化されていますが、これらは電磁石を使ってローターの磁力を発生するため、ローターにも多くの銅材料を使用します。ところが、銅材料についても、再生可能エネルギーや電動車両の普及拡大に伴い需給のひっ迫が懸念されており、誘導モーターや巻線界磁モーターにも資源リスクの低減に向けた改善の余地が残されていました。
そこでAstemoでは、従来型の永久磁石モーターを代替するため、新型の同期リラクタンスモーターを開発しました。新型モーターでは、ローターコアの形状による磁気抵抗(リラクタンス)の差を利用して回転力を生み出す方式を採用しています。磁力を伝える経路を複数の層に分ける「多層フラックス構造」を開発し、ローターコア部分に磁極が形成されるように電流を適切に制御することで、これまでネオジム磁石が生み出していた強力な磁力を補うことが可能となりました。また、ローターコアに磁極を形成する際には、より大きな電流をモーターの固定部であるステーターのコイルに流す必要があり、発熱が課題となりますが、コイルが入っているスロット部や端部を冷却油で浸漬する構造を開発したことで、モーター内の発熱増加を抑制できました。 具体的に、BEVの駆動力として常時使用する主駆動モーター向けには、フェライト磁石を補助的に埋め込んだ磁石補助同期リラクタンスモーターによって、従来の永久磁石モーターに対してサイズ増加を30%に抑えながら180kWの出力を実現しました。一方で、BEVのパワーアシストとして必要な時だけ動かす副駆動モーターでは、磁石を埋め込んでしまうと、主駆動モーターによって惰行回転している時に磁石の磁力がブレーキとして働き、エネルギーロスが発生します。このため、副駆動モーター向けには、磁石を一切使用しない同期リラクタンスモーターを開発し、最大135kWまでの出力をカバーすることで、BEV駆動システム全体の消費電力を抑制しました。

このように、今回開発したレアアースフリーの新型モーターは、従来型のBEV用モーターと同等の性能を有しながら、Astemoの電動パワートレインのポートフォーリオを強化する技術として、レアアースなどの希少資源に対する調達リスクや価格変動の影響を軽減し、安定した供給を可能にします。また、主駆動のみならず副駆動を含めたBEV駆動システム全体のエネルギーロスを低減することで、幅広い走行シーンにおける消費電力を抑制します。
今回開発した新型の同期リラクタンスモーターは、2025年10月30日から東京ビッグサイトで開催される「Japan Mobility Show 2025」に展示します。
Astemoは、今後も次世代モビリティの価値を高める技術開発を推進し、高効率で環境負荷低減に寄与する先進的なモビリティソリューションの提供を通じて、持続可能な社会と人々の豊かな生活の実現に貢献します。


コメント