<磁石プロの視点>
地球上に存在する希土類(レアアース)は今や身近なハイテク機器分野から環境・エンルギー分野、産業機器分野、医療機器分野と幅広く利用されていて、近代産業にとっては不可欠な資源となっています。特にネオジム(Nd)はネオジム磁石としてEVを含む自動車やロボットなどのモーター、PC、スマホなどの身近なハイテク機器、MRI、重粒子線治療などの医療機器、光通信等々にその応用範囲を年々広げています。またサマリウム(Sm)はサマリウムコバルト磁石として、ネオジム磁石ほどの大きな生産量ではありませんが、その耐熱性を生かして、自動車分野の一部、マイクロ波通信分野、戦車、戦闘機、ミサイルなどの軍用機器分野などの特殊用途に利用されています。
本稿ではこのような近代社会における戦略資源ともいえる希土類(レアアース)資源がどのように地球上に分布しているか、また、軽希土類のネオジムやサマリウムの世界のサプライチェーンがどのような形態を持っているのかを検証してみました。
その結果、鉱石採掘から希土類磁石製造までのサプライチェーン全体を、その技術を含めてほぼ中国が支配していることが明確になり、今後、新たな世界的サプライチェーンを構築するためには、極めて難しい課題が待ち受けていることが分かってきました。
-参考・引用資料-
■レアアースの需給動向 2023.04.26
JOGMEC(独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構)
金属企画部調査課 千葉樹
<希土類(レアアース)とは何か>
⚫ レアアースは、レアメタルの一種で17種類の元素(希土類)の総称であり、多くの優れた物理的・
化学的特性を持つことから、先端技術を用いた製品には不可欠な素材。
⚫ 強力な永久磁石に必須な元素であり、EV自動車のモーターや風力発電用の永久磁石に使われる。
⚫ 化学的性質が類似しているため、自然界では一体となって産出し、元素単体の鉱床は存在しない。
⚫ 鉱床の種類によって17元素の構成比が大きく異なっている。

<世界の希土類鉱石埋蔵量と生産量>
ネオジム、ジスプロシウム、サマリウムなどの希土類元素は酸化物やフッ化物の形で希土類鉱石の中に複数種含有されています。この中で最も希土類の埋蔵量が多い国は世界の約37%を占める中国で、次にブラジル、ベトナム、ロシア、インドの順になります。
2020年の調査では世界の希土類埋蔵量のトータルはおおよそ1億2千万トンになります。この埋蔵量は現在の生産量を基準にしても400年分になり、埋蔵量だけを考えると名前のような希少金属ではありません。
また、世界の希土類生産量を酸化物換算にすると、下図の2020年では24万トンですが、2022年にはすでに30万トンに達しているようです。なお、2020年当時の中国の生産比率は60%程度でしたが、2022年には70%近くに上昇していて、直近ではほぼ80%ともいわれています。したがって、原料鉱石のほとんどを中国に頼っているということになります。ネオジム磁石を代表とする希土類磁石の原料希土類金属も例外ではなく、その多くが中国生産品ということになります。

<世界の軽希土類サプライチェーン>
一般的に、ランタン(La)からユウロピウム(Eu)までを軽希土類と総称します。ネオジム磁石やサマリウムコバルト磁石の主原料のネオジム(Nd)やサマリウム(Sm)は軽希土類であり、鉱石産出から磁石製造、磁石応用製品までのサプライチェーンが以下の図になります。

■採掘・選鉱
国ごとの生産量、生産比率でみると、前項でも紹介しましたように、中国が70~80%を占めていて、米国、豪州、ミャンマーと続きます。代表的な鉱石はモナザイト(豪州)、バストネサイト(米国)、共生鉱(中国)などがあります。
■分離・精製
各種の希土類や不純物金属を分離・精製する工程の中には、「焙焼」、「浸出」、「溶媒抽出」などの複雑な工程が含まれます。例えば、分離のための溶媒抽出にはミキサーセトラーを、高純度分離にはイオン交換樹脂などを使用します。マレーシアで一部豪州、米国企業が事業を行っていますが、大半は中国国内で行われています。

■電解・還元
分離・精製工程で得られた希土類元素は、焼成工程を経て最終的に希土類酸化物になります。希土類酸化物はそのままでも色々な製品に利用できますが、酸素を取り除いた金属としての用途も重要です。特に、ネオジム磁石の製造には金属ネオジムが必要で、この精錬方法が「溶融塩電解法」になります。
また、金属サマリウムは主に「酸化物還元法(カルシウム還元法)」が使われます。

■合金化・磁石製造
ネオジム磁石の合金化は、ネオジム(Nd)、鉄(Fe)、ホウ素(B)、サマリウムコバルト磁石の合金化はサマリウム(Sm)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、銅(Cu)などの原料金属を溶解炉で溶解合金化します。
磁石製造は合金原料を粉砕、成形、焼結して製造する焼結型希土類磁石、合金粉末を樹脂などで混合成形するボンド磁石などがあります。
合金化、磁石製造は中国、日本が世界の大半を占めますが、やはり中国が80%以上のシェアを占めています」。
■中間製品・最終製品
中間製品、最終製品となると、ネオジム磁石、サマリウムコバルトを中心にして、世界中で希土類が使われています。
<軽希土類サプライチェーンと中国>
サプライチェーンの図でも分かるように、鉱石採掘から磁石製造まで幅広く中国が大きなシェアを占めています。特筆すべきことは、後の章でも紹介します重希土類の課題だけではなく、中国が世界で30万トンの希土類の分離分離・精製技術と設備、世界で20万トンを超えるといわれる磁石製造の技術と設備の大半を握っていることです。特に、近年急速に発展、拡大している中国の最先端の分離・精製技術とその巨大なプラント稼働能力は、他国が数年で追いつくレベルではないということです。米国や豪州の希土類鉱山での採掘が拡大傾向にあるにしても、分離・精製プラントをマレーシアなどの他国ではなく、鉱山の近くに設置しなければ、コスト競争力で不利になることは確実です。
したがって、現在、鉱石採掘から希土類磁石製造までのサプライチェーン全体を、その技術を含めてほぼ中国が支配していることになり、一般に想定されている以上に希土類(レアアース)中国の支配力は大きく、この傾向は数年レベルでは解決しないかもしれません。残念ながら、希土類(レアアース)の新たなサプライチェーン構築は簡単には行かないでしょう。
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