<磁石プロの視点>
前章「希土類(レアアース)の需給動向-1、-2」でもお話をしましたように、中国が鉱石採掘から分離・精製、合金化、ネオジム磁石の製造までのサプライチェーンの80%以上を占有している中で、中国以外の国でのレアアース採掘を増やすこと、あるいは新規鉱床・鉱山の開発、稼働が急がれています。
すでに既存の米国マウンテンパス鉱山や豪州マウントウェルド鉱山は増産を始めていますが、世界的な需要に応えるには程遠いのが現状です。また、陸上での新規の鉱床探索や鉱山開発も進められていますが、政治的な背景や採算面の課題も多く、中国のサプライチェーン支配を揺るがすにはまだ時間がかかりそうです。
その中で米国、カナダ、豪州で新規鉱床・鉱山の探索・開発が行われていますが、既存の鉱山以外は採算性の面で大きな課題を有し、いまだに商業生産までにはいたっていません。また、ネオジム磁石に不可欠なジスプロシウム(Dy)などの重要な重希土類が含有されている鉱床は少ないようです。
一方、ベトナム、ミャンマーの東南アジアやブラジルには重希土類を含む高品位のレアアース鉱床があるため、国際的な連携の元での今後の開発が期待されます。ただし、ミャンマーやブラジルは政治的にも中国の影響力が大きいため、中国以外の国々がどのように主体的に関与してゆくのかが課題となります。
一方、日本は何といっても南鳥島沖のレアアース開発に大きな期待がかかります。およそ2500平方kmの海底に世界需要の数百年分に相当する1600万トン以上のレアアース資源が眠っています。まずは、深海5000m~6000mでのレアアース泥の採取とその商業化が急がれ、来年2026年1月には試験掘削が開始されます。政府や大学・研究機関の連携のもと、計画は漸次進められているようですが、なお一層のスピードアップが必要となります。また、今月に入り政府は米国との共同開発も視野に入れていることを発表していますが、早急に具体的プロジェクト発足を期待します。
<中国外の鉱山・鉱床開発>*参考・引用:JOGMEC レアアースの需給動向 2024.06.27
【米国、カナダ、豪州、他】
主に米国、カナダ、豪州で新規鉱床・鉱山の探索・開発が行われていますが、既存の鉱山以外は採算性の面で大きな課題を有し、いまだに商業生産までにはいたっていません。また、Dyなどの重要な重希土類が含有されている鉱床は少ないようです。

【ベトナム】
● 主にベトナム西北部のラオカイ省からイエンバイ省地域に分布しています。
● 軽希土類(LREE)主体のNam Xe、Dong Pao(Lau Chau省)、重希土(HREE)に富む
BenDen (Lao Cai省)、Yen Phu(Yến Bai省)が知られています。
● USGS2024によれば、2023年推定生産量600tREO、埋蔵量2200万tとなります。
■ベトナムの主要鉱床
〇LREE鉱山:Dong Pao(ドンパオ):主産物はバストネサイト、埋蔵量は5百万t以上(REO)
〇LREE鉱床:Nam Xe(ナムヘ):主産物はモナザイト、鉱床規模は1.5百万t(REO)
〇HREE鉱山:Yen Phu(イェンフー):主産物はゼノタイム、埋蔵量は3千t(REO)
〇HREE鉱床:Ben Den(ベンデン):鉱床タイプはイオン吸着粘土、埋蔵量は15千t(REO)
■ベトナム鉱床開発の各国の動き
〇韓国
2023年6月、韓国とベトナムは首脳会談において、総額40億ドル(約5600億円)の開発援助を行ことについて合意しました。レアアース分野でも協力すると発表。重要鉱物のサプライチェーン(供給網)協力を図るため、「核心鉱物供給網センター」の共同設立も決定しました。
〇米国
2023年9月、米国・ベトナム包括的戦略パートナーシップを発表。レアアース分野での協力強化に関する覚書を締結。鉱区入札の開催にも協力を申し出をしました。
〇米国・豪州・ベトナム
・2023年7月、米Blackstone Minerals、越VTRE および 豪Australian Strategic Materials (ASM) 、ベトナムでのレアアース鉱山から金属までの統合バリューチェーンの開発に関する3者間覚書を結。Blackstone と VTRE は、既存の鉱区を評価し、ドンパオ鉱床を中心に、JV方式で採掘ライセンスの取得を目指すと発表しました。Blackstone は、VinFastやRivianなどの電気自動車メーカーと給契約の可能性について議論中としていました。
・2023 年 9 月、Blackstone Minerals幹部は、「ベトナム政府は、年末までにドンパオ鉱山の複数の区の入札を開始する予定で、同社は少なくとも1つの利権を獲得するために入札する予定」と述べました。
〇ベトナム政府
・2023年11月、ベトナムのチャン・ホン・ハー副首相は1日、「国家鉱物備蓄地域」を承認した首相決定1277号(1277/QD―TTg)に署名。レアアース(希土類)については、北部ラオカイ省のバオイエン郡とバンバン郡および同イエンバイ省バンイエン郡が備蓄地域に。「イエンバイ省バンイエン郡」:Yen Phu(イェンフー)鉱床が含まれます。
〇韓国・ベトナム
・鉱山開発や不動産事業を手がける韓国複合企業トライデント・グローバル・ホールディングスは2024年5月24日、ベトナム北部ラオカイ省とライチャウ省にある計3カ所の鉱山のレアアース(希土類)開発権を取得したと発表しました。一部権益を保有する地場フンハイ・グループとともに年内に採掘や加工を始めます。
・トライデントとフンハイは、ラオカイ省のバクナムセーとナムナムセーおよびライチャウ省ドンパオの鉱山3カ所を共同開発します。フンハイが採掘し、トライデントはレアアース鉱物の加工を手がけます。
【ミャンマー】
米地質調査所(USGS)によると、2023年のミャンマーのレアアース採掘量(推計)の世界シェアは中国(68%)と米国(12%)に次いで11%で3位になります。特にネオジム磁石に欠かせない重希土類と呼ばれるジスプロシウムとテルビウムは、中国、ミャンマー、ベトナムに偏在するので、その鉱床は世界的にみても重要な位置づけとなります。特にミャンマーの重希土類は2023年には世界供給量の約60%を占めていて、その安定供給が問題となっています。

一方、ミャンマーのレアアース鉱石の大半は中国企業が買い取っていて、分離・精製、合金化、ネオジム磁石の製造などの後加工は中国で行われています。したがって、ミャンマーのレアアース資源は、現在のところ中国が占有しているといっても過言ではない状況です。
【ブラジル】
ブラジルで異常に高品位の希土類鉱床が発見され、国内外で注目を集めています。
ブラジルレアアース社(Brazilian Rare Earths)の調査によると、アルト山(Monte Alto)プロジェクトにおいて希土類酸化物品位が14.6%と極めて高いレベルの鉱床が確認されました。特に、ジスプロシウム酸化物が0.5691%、テルビウム酸化物が0.0737%、イットリウム酸化物が7.4543%という高品位の成分が含まれており、経済的な価値も非常に高いと見られています。
ブラジルは希土類資源の潜在力が大きい国の一つであり、国内に多くの鉱床が存在しています。アマゾン地域やミナスジェライス州に広がるアルカリ性複合岩体が希土類の主要な産地である。これらの地域における埋蔵量は世界の希土類需要を一部支えるのに十分とされていますが、実際の生産量は中国、アメリカ、オーストラリアなどの主要産出国と比べて遅れています。
しかし、ここ数年、電気自動車や風力発電といった先端産業における希土類需要の増加を受け、ブラジルでも希土類の開発プロジェクトが活発化している。ブラジルレアアース社のアルト山プロジェクトは、その代表例として注目されている。発見された鉱床は高品位で、商業的な開発が進めば、希土類供給の一翼を担う可能性が高いとされます。
しかし、ブラジルは国内の採掘、分離・精製技術が乏しく、環境対策も不十分なために、今のところ商業ベースで大きな供給力を得ることは難しいとされています。今後、ブラジルがレアアースの世界的な供給国となるためには国際的な連携が必要になるでしょう。ただし、技術を持つ中国が先に入り込めば、サプライチェーンの革新はできず、ますます中国の占有率が高くなるだけです。
<豪州の軽重希土権益確保(日本)>*経済産業省ニュースリリース 2023.3.07
独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(以下、「JOGMEC」)と双日株式会社(以下、「双日」)は、2023年3月7日、2011年に共同で設立した日豪レアアース株式会社(以下、「JARE」)を通じ、Lynas Rare Earths Limited(以下、「ライナス社」)への総額200百万豪ドル相当の追加出資(以下、「本出資」)を決定しました。本出資による資金は、ライナス社が掲げる中期成長計画の実行に充当され、軽希土類の増産や重希土類の分離開始などが計画に含まれています。JOGMECと双日は、本出資に伴い、ライナス社が生産するマウント・ウェルド鉱山由来の重希土類であるジスプロシウム及びテルビウムの最大65%を日本向けに供給する契約をライナス社と締結しました。これは国内需要の3割程度に相当するものと見込んでいます。

<日本の南鳥島沖のレアアース開発>*内閣府総合海洋政策推進事務局 2025.01.27
内閣府による「戦略的イノベーションプログラム(SIP)」によって、南鳥島海域のレアアース泥を含む海洋鉱物資源の調査分析が行われてきました。それによると、およそ2500平方kmの海底に世界需要の数百年分に相当する1600万トン以上のレアアース資源が眠っていることがわかりました。

そして、令和7年1月27日、内閣府発表の「特定離島である南鳥島とその周辺海域の開発の推進について」のスケジュールによると、
【社会実装検討:プロジェクトの実効性の確保】
●令和8(2026)年3月まで 内閣府等による南鳥島の利活用支援のための情報収集・調査
○令和8(2026)年3月まで SIPによる社会実装形態案のとりまとめ
●令和9(2027)年3月まで 内閣府等による南鳥島における既存施設・制度等のレビュー
○令和10(2028)年3月まで SIPによるレアアース生産の社会実装化プランのとりまとめ
【適用技術の実証:SIPによるレアアース生産に係る試験】
●令和9(2027)年3月まで、内閣府海洋事務局、国交省・気象庁・国土地理院、環境省、防衛省〇:内閣府科学技術イノベーション推進事務局・SIP支援支援○令和10(2028)年3月まで SIPによるレアアース生産の社会実装化プランのとりまとめ⇒令和10(2028)年度以降、社会実装へ
○令和8(2026)年2月まで 採鉱・揚泥試験1(技術実証)、 令和8(2026)年4月まで 一次処理試験1(精錬処理等の技術実証)
○令和9(2027)年10月まで 採鉱・揚泥試験2(350t/日規模)、 令和9(2027)年12月まで 一次処理試験2(350t/日規模の精錬処理等)
<南鳥島開発で米国との協力を表明(高市首相)>
高市早苗首相は今月11月6日の参院本会議での代表質問で、南鳥島周辺でのレアアース(希土類)の開発案件について、米国と具体的な協力の進め方を検討する考えを示しました。「多様な調達手段を確保することは日米双方にとって重要だ」と強調しました。
国民民主党の舟山康江氏の質問に答弁し、首相は10月にトランプ米大統領との首脳会談でレアアース分野での協力文書に署名しました。日本政府は2026年1月から南鳥島沖で試験掘削に着手する方針です。
<国産レアアース資源の開発に向けて>*UTokyo Foundation
東京大学のプロジェクト「南鳥島レアアース泥・マンガンノジュールを開発して日本の未来を拓く」では、以下のような計画を進めています。
南鳥島レアアース泥開発の実現を目的として、私たちは2014年に「レアアース泥開発推進コンソーシアム」を東京大学に設立しました。本コンソーシアムには、日本を代表する30以上の企業・機関が参加しており、5つの部会に分かれて鋭意検討を進めています。
レアアース泥は水深5000mを超える深海底にあります。レアアース泥の開発システムとしては、海洋石油生産で多く用いられている「浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備 (Floating Production, Storage and Offloading system: FPSO)」を応用したシステムを検討しています。海底からレアアース泥を揚げるためには「エアリフト」という技術を用います。これはパイプに圧縮空気を送り込んで泥水に空気を混ぜ、浮力を利用して引き揚げるものです。揚泥されたレアアース泥からは、希塩酸を用いてレアアースをリーチング(浸出) します。このリーチング溶液を陸上工場へ輸送し、レアアースを分離・精製します。また、残泥には水酸化ナトリウムを添加することで中和・無害化し、埋立資材やセメント資材、環境資材として使用することを考えています。
これまで私たちが挙げてきた成果は国からも高く評価されており、「海洋基本計画」や「日本再興戦略」など国の主要政策にはレアアース泥の調査・開発技術の推進が明記されています。また、2018年からは内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム第2期 革新的深海資源調査技術」で、レアアース泥の採泥・揚泥技術の開発が開始されるなど、我が国の資源政策に多大な影響を与えています。



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