<磁石プロの視点>
本発表によれば、EVモーター用のネオジム磁石に重希土類を使わないで十分な耐熱性を維持できるとし、中国に偏在する重希土類の供給問題、原料コスト問題が大幅に緩和されることが期待できます。また、ネオジム磁石の結晶粒子の境界(粒界)を、従来の重希土類(Dy、Tb)を使用しない方法で制御することができ、既存の生産ラインが利用できるとされていますので、おそらく従来の焼結ネオジム磁石の製法をベースにした新技術を導入したものと思われます。
重希土類フリーのネオジム磁石は、すでにダイドー電子が「熱間加工磁石」で実用化していますが、本開発における量産性の高い「粉末冶金焼結磁石」により、重希土類フリーを達成したことは、EV用途だけではなく、今後のネオジム磁石の応用拡大や世界的なサプライチェーンに大きな影響を及ぼすものと考えられます。
なお、すでにサンプル出荷を開始した材質グレードは最高耐熱温度200℃近傍、来年サンプル出荷予定の最高グレードは200℃以上の耐熱性能を持つものになると予想されます。
<新開発重希土類フリー磁石>
7月23日のテレビニュース、新聞等の報道によると、株式会社プロテリアル(旧日立金属)は、BEV、HEV駆動モーター用の「重希土類を含まないネオジム磁石」の開発を発表しました。
詳細は不明ですが、プロテリアルの開発した技術は、ネオジム磁石の結晶粒子の境界(粒界)を何らかの方法で制御することで、重希土類を使わないで従来と同等の磁石性能を維持できるものです。特に、特別な新工程を必要とすることなく、既存の生産ラインを使える利点もあります。つまり、重希土類原料の供給問題を緩和できるだけでなく、高価な原料を使わないコストメリットを得ることができます。
プロテリアルはこの新技術によるネオジム磁石を、2種類の性能グレード別にサンプル出荷をする予定で、すでに出荷を開始したグレードもあります。耐熱性能を大きく高めた最高グレード製品は来年4月からサンプル出荷することになっています。
<EV用モーターと永久磁石>
BEVやHEVに使われる駆動用メインモーターは、現段階では交流同期モーターが主流になります。その中で、日産・アリアなどのモーターのローターは巻き線界磁型で永久磁石は使いませんが、トヨタ・プリウスやbZ4Xあるいはテスラ・モデルシリーズなど多くのBEV、HEVのモーターのローターは永久磁石界磁型を使っています。
これらの永久磁石界磁型モーターのをさらに詳細類別すれば、電磁鋼板のリラクタンストルクとネオジム磁石の磁石トルクを併用した「永久磁石内部配置型同期リラクタンスモーター(IPMSynRM)」であり、近年のBEV、HEVモーターの主流になっています。下図例のような、ローターにネオジム磁石を使ったモーターがこのタイプのモーターになります。

<ネオジム磁石の熱減磁>
しかしながら、前記のような最先端のEVモーターであっても、高回転になるほど鉄損、銅損、機械損が大きくなり、熱が発生します。特に鉄損が大きな問題であり、その中身はヒステリシス損と渦電流損になります。現在、ケイ素鋼板とネオジム磁石の様々な組み合わせの磁気回路が工夫されていますが、モーターがある程度熱くなることは避けられません。
ネオジム磁石は配置された環境の温度が高くなるにつれて磁力が低下してきます。この磁力低下はネオジム磁石の保磁力(Hcj)という磁気特性がある一定以上大きければ、温度が元に戻ると磁力が回復するのが一般的であり、高温度での磁力低下を見越した設計がされていれば問題ありません。
しかし、ネオジム磁石の保磁力(Hcj)が小さいと、モーターの熱によりネオジム磁石が不可逆熱減磁を起こしてしまい、モーターが停止して元の温度に戻っても磁力が回復しなくなり、その後のモーターは設計どおりの性能が出なくなります。

<重希土類の役割と課題>
今までのBEVやHEVモーター用の量産ネオジム磁石では、不可逆熱減磁を避けるため、保磁力(Hcj)が大きな材質が必要であり、それらの材質には主組成のネオジム(Nd)、鉄(Fe)、ホウ素(B)以外にジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)の重希土類含有が必須でした。ただし、これらの重希土類は高価であり、ほとんどが中国産という問題があります。また、重希土類添加はネオジム磁石の元の磁力の残留磁束密度(Br)を低下させる欠点もあります。
これまで国内の各メーカーや研究機関は、重希土類含有を減少あるいはゼロにする技術開発を盛んに行ってきました。例えば、TDK、信越化学、プロテリアルなどが「粒界拡散法」により重希土類含有を大きく減らすネオジム磁石を実用化しています。しかしながら、この方法では重希土類をゼロにすることはできていません。一方、ダイドー電子は「熱間加工磁石」により重希土類ゼロでも、高保磁力(Hcj)を得ることに成功していて、すでにホンダと提携して量産出荷をしています。ただし、この「熱間加工磁石」にしても、形状や生産性などの制約があり、BEVやHEVモーターのコスト増にならない十分なパフォーマンスを得られていないとの指摘もあります。
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