<磁石プロの視点>
本発表は、ネオジム磁石に代表される永久磁石のような硬(ハード)磁性材料ではなく、軟(ソフト)磁性材料に関する研究開発の成果を発表したものです。
EVやロボットなどのパワーエレクトロニクス関連のモーターやトランスなどのコイルの中に使われる鉄心やコア材は、渦電流損失やヒステリシス損失などの熱損失をできるだけ少なくするために、高飽和磁束密度、高透磁率、低保磁力が望まれます。
特に、同期モーターやリラクタンスモーターの高性能化、低損失化は大きな課題となっています。また近年の生成AI活用拡大のため、データセンター施設の巨大化が進み、その電力需要および電力変換設備も急増しています。したがって、このような各種パワーエレクトロニクス関連の省電力化が急務であり、高効率・高周波対応の画期的な電力変換技術が求められています。
本発表は、このようなニ-ズに対しての一つの大きな前進を促した新コア材の研究成果になります。
<革新的な軟磁性材料の創出 >*東北大学ニュースリリース 2025年6月2日
- 超低損失と高飽和磁束密度を両立した軟磁性ナノ結晶圧粉コアの開発に成功-
株式会社トーキン(代表取締役社長︓片倉文博 本社︓宮城県白石市)は、文部科学省の「革新的パワーエレクトロニクス創出基盤技術研究開発事業(JPJ009777)」において、国立大学法人東北大学多元物質科学研究所の岡本聡教授らとの共同研究により、次世代パワーエレクトロニクスを支える革新的な軟磁性ナノ結晶圧粉コアの開発に成功しました。この新材料は、従来材料を大きく上回る超低損失と高飽和磁束密度の両立を実現し、電力変換機器の高効率化・小型化を加速させるキーデバイスとして、今後の社会に重要な役割を果たすことが期待されます。
本研究の成果は2025年5月23日、 Acta Materialiaにてオンライン掲載されました。
<研究成果の概要>
本研究では、独自に開発した急冷アトマイズとホットプレスプロセスにより、軟磁性ナノ結晶「NANOMET™」粉末を用いた超低損失の圧粉コアの開発に成功。以下のような顕著な成果を得ました。
1. 軟磁性ナノ結晶粉末の開発:
粉末組成と粉末製造プロセスの開発により、高飽和磁束密度(1.74T)と低保磁力(31A/m)を両立する軟磁性ナノ結晶“NANOMET™ 粉末を開発しました。
2. 飽和磁束密度の向上:
NANOMET™粉末の適用と金属充填率を 89%まで高めることで、SENDUST™圧粉コアの 2 倍となる 1.54Tの飽和磁束密度を実現しました。
3. コア損失の大幅低減︓
ナノ結晶の微細組織制御、粉末の微細化、金属充填率の向上により、100 kHz-100 mTの励磁条件下でのコア損失を852 kW/m³ から 146 kW/m³へと約83%削減しました。

開発材と既存材のコア損失と飽和磁束密度の比較
<技術的背景>
パワーエレクトロニクス技術の分野では電気自動車や再生可能エネルギーの普及、そして生成 AI の進展によるデータセンターの電力需要増加により、高効率・高周波対応の電力変換技術が急務となっています。本技術は、次世代パワーデバイス(SiC、GaN)と高い親和性を持ち、小型・高周波・低損失を実現する受動部品として、持続可能な社会の実現に貢献します。
<今後の展望>
今回の成果は、次世代のパワーエレクトロニクス分野における高性能受動デバイスとしての実用化が期待されます。今後はさらなる特性向上と量産プロセスの確立を目指し、社会実装に向けた開発を加速してまいります。 参考文献 [1] M. Kuno, N. Ono, Y. Imano, A. Urata, H. Oikawa, S. Okamoto, Ultra-low core loss and high core saturation magnetization of nanocrystalline Fe-B-P-Cu powder cores fabricated by using a hot-press process, Acta Materialia 294 (2025) 121159.
<用語解説>
軟磁性ナノ結晶材料︓アモルファス(非晶質)構造中に10-20nm程度の微細な結晶粒を均一に析出させた磁性材料。
飽和磁束密度︓外部磁場を十分に強く印加したときに達する最大の磁束密度。大きいほど、磁性材料としての性能が高く、トランスやインダクタなどの磁気デバイスの小型化・高出力化に貢献。
保磁力︓磁性体の磁化をゼロに戻すために必要な磁場の強さ。軟磁性材料では、Hc が小さいほど磁化が容易であり、エネルギー損失が少なく、高効率な電力変換が可能。
アトマイズ法︓溶融金属を高圧ガスや水で微細な粉末を製造する技術。
パワーエレクトロニクス︓電力の変換・制御・供給を効率的に行う技術。家電、自動車、産業機器などに広く応用されている。
NANOMET™︓株式会社トーキンの登録商標。
SENDUST™︓国立大学法人東北大学の登録商標。
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