<磁石プロの視点>
高性能永久磁石としてのネオジム磁石、サマリウムコバルト磁石は世界のあらゆる産業に利用されていますが、最近は兵器産業にも欠かせない戦略製品となっています。戦車、戦闘機、艦船、ミサイル、ドローン、通信機器等々にもこれらの希土類(レアアース)磁石が使われていますので、中国の希土類7種および関連製品の規制はこのような用途にも大きく影響しそうです。
特にネオジム磁石の世界生産量の約80%、ネオジム磁石に不可欠な原料である重希土類の90%以上、希土類鉱石からの希土類分離精製能力の約90%を中国に頼っていますから、今後はネオジム磁石の脱中国化を計るためには、中国以外でのレアアース鉱石の採掘を増やすこと、分離精製設備の増強を図ること、ネオジム磁石の重希土類含有を無くすことなどがレアアース問題に対する世界の大きな流れになると考えられます。
すでに、各種希土類鉱石の埋蔵量、世界分布、重希土類を無くすネオジム磁石の技術などについては本稿だけでなく、各種公開情報で広く発信されていますが、「鉱石から希土類金属への分離精製」についての情報はあまり知られていないようです。したがって、本章では「希土類金属の分離・精製」についての代表的なプロセスを概略解説することにしましたので参考にしていただければ幸いです。
<原料鉱石から希土類金属へ>*NeoMag磁石ナビ/磁石虎の巻(ネオジム磁石のすべて-1)参照
希土類(レアアース)磁石に使われるネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ジスプロシウム(Dy)などの希土類金属は、鉱石採取から始まって各希土類金属に至るには、長くて複雑な精製工程となります。

◆希土類鉱石の選鉱
希土類鉱石の選鉱とは、鉱石から希土類元素を含んだ鉱物を濃縮し、脈石と呼ばれる無価値な鉱物を除去するプロセスです。一般的に、希土類鉱石はイルメナイト、ジルコン、ルチル、ガーネット、錫石などの重鉱物とともに産出するため、ドレッジャーによる採掘と簡単な比重選鉱が用いられます。選鉱された鉱物は、その後精製プロセスに投入されます。

◆希土類鉱石の焙焼・浸出
希土類元素(レアアース)の精製には後述の「溶媒抽出」が必須なのですが、そのためには希土類元素がまず水に溶けた希土類水溶液になっていなければなりません。希土類鉱物精鉱の状態ではまだ岩石と同じなので、基本的に水には溶けません。これを水に溶けるようにするのが「焙焼・浸出処理」です。焙焼とは精鉱を鉱石が溶融しない温度範囲で、必要に応じて酸やアルカリと混合しながら、加熱して鉱物を反応、変質させる処理です。
希土類鉱物精鉱に対しては、硫酸焙焼やアルカリ焙焼などを行って、水に溶ける希土類化合物を作ります。希土類元素を含む代表的な鉱物の例として「モナザイト」があります。モナザイトは希土類元素のリン酸塩化合物で、比較的強固な結晶構造をしています。これを水溶性化するためには、ロータリーキルンの中で、硫酸と混合しながら、ガスや電気で200℃~300℃ぐらいに加熱します。このときモナザイトから水溶性の硫酸塩希土類化合物が形成されます。硫酸ではなくて水酸化ナトリウムで分解する方法もあります。この場合は希土類水酸化物が生成します。両者ともさらに酸の濃度や種類を調整して、溶媒抽出工程に投入されます。
◆希土類の溶媒抽出
前述の焙焼と浸出の工程によって、各種の希土類元素(レアアース)が混合して溶けている希土類酸性溶液が製造され、さらに、元素ごとの純粋な成分に分離精製するために、「溶媒抽出工程」に投入されます。溶媒抽出とは、水と油に対する元素イオンの溶解度差(溶けやすさ)を利用した精錬法です。
希土類元素は化学的性質が互いに似通っているため水と油の溶和度の差は一般的に小さく、攪拌と静置を何度も繰り返して分離しなければなりません。実際の製造工程では、次図に示すような「ミキサーセトラー」という装置で連続的に攪拌と静置が行われます。場合によってはミキサーセトラーを8個連結することもあります。全ての希土類元素を分離するには、数百段のミキサーセトラーが必要になります。溶媒抽出法は、精製したい元素が水に溶けていれば、希土類元素に限らずあらゆる元素種を分離することができ、銅やニッケル、コバルトなどの精製においても本法が利用されています。

◆希土類金属の溶融塩電解
溶媒抽出法で得られる希土類元素は、焼成工程を経て最終的に希土類酸化物になります。希土類酸化物はそのままでも色々な製品に利用できますが、酸素を取り除いた金属としての用途も重要です。特に、ネオジム磁石の製造には金属ネオジム(Nd)が必要で、この代表的な精錬方法が「溶融塩電解法」になります。

溶融塩電解法は、現在最も一般的に行われている金属の精錬方法ですが、特にアルミニウム精錬においても広く行われており、その基本原理は金属にメッキをする場合とほとんど同じです。ただし、希土類元素は酸素との親和力が強いので、水溶液中の希土類イオンを電気力で還元することはできません。水の代わりに数百℃以上の溶けた溶融塩を作り、その中に希土類酸化物を溶かしてイオンとし、さらに電気力で還元して希土類金属とします。
金属ネオジムを製造する場合は、溶媒抽出と焼成によって得られたネオジム酸化物が必要です。まず、耐火物でできた坩堝の中に何種類かのフッ化物を入れ加熱します。これが溶融塩となります。それにネオジム酸化物を投入すると酸化物がネオジムイオンとなって溶融塩に溶け込み、さらに浴にかけた電気電位によって陰極で還元されます。そして、生成したネオジム金属はタングステン(W)陰極から滴下して、下部のモリブデン(Mo)容器に回収されます。この反応で発生した余りの酸素イオンは、カーボン(C)陽極でカーボンと結びついて二酸化炭素またはその他のガスとなって放出されます。
なお、金属サマリウム(Sm)の精錬方法は金属ネオジムと同じ溶融塩電解法を利用できますが、一般的には酸化サマリウムをカルシウムなどで還元する「還元拡散法」を使うことが多いようです。
以上のような技術・精錬方法で製造された希土類金属は、その後、鉄(Fe)、コバルト(Co)、アルミニウム(Al)、銅(Cu)、ボロン(B)などを加えて合金化され、磁石製造工程に投入されます。
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