超高密度・超高速な次世代の情報媒体・交代磁性体(第三の磁性体)を発見

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<発表の概要>*東京大学物性研究所プレスリリース(2024年12月13日)
 東京大学大学院工学系研究科の関 真一郎教授、高木 里奈助教(現:同大学物性研究所准教授)、同大学工学部の開田 亮佑学部生(現:同大学大学院理学系研究科大学院生)、同大学先端科学技術研究センターの有田 亮太郎教授(現:同大学大学院理学系研究科教授、理化学研究所チームリーダー)、野本 拓也講師(現:東京都立大学准教授)らによる研究グループは、交代磁性体(「第三の磁性体」)と呼ばれる新しいカテゴリの磁性体の物質探索を行い、室温で情報の読み書きが可能な世界初の物質の発見に成功しました。

 現在利用されている磁気記憶素子では、強磁性体における↑と↓のスピン状態を利用して、情報の記憶が行われています。一方で2020年代に入り、↑↓と↓↑のスピン状態で情報を記憶し、かつ強磁性体と同等の手法で情報の読み書きが可能な、「交代磁性体」の概念が理論的に提案され、注目を集めています(図1)。本研究では、磁性半導体であるFeS(硫化鉄)が室温で動作可能な交代磁性体であることを実験的に明らかにするとともに、外場(電場、磁場など)のない状態で情報が不揮発に保持されること、さらに↑↓と↓↑のスピン状態の電気的な読み出しが可能であることを実証しました。

 交代磁性体は、従来利用されてきた強磁性体と異なり、①ビット間干渉の原因となる漏れ磁場が存在しないため素子の集積化に有利、②応答速度が100倍以上高速、③磁気的な外乱に対する耐性が高い、といった、応用上有利な特徴を持ちます。今回の室温で情報の読み書きが可能な交代磁性体の発見は、その超高密度・超高速な次世代の情報媒体としての活用につながることが期待されます。

本研究成果は、2024年12月13日(英国時間)に英国科学誌「Nature Materials」のオンライン版に掲載されました。

図1:交代磁性体の概念図
これまでに知られていた2つの代表的な磁性体(強磁性体・反強磁性体)と、交代磁性体を比較したもの。赤い矢印はスピンの向きを表している。一般的な反強磁性体の場合、↑↓と↓↑のスピン状態が平行移動によって一致してしまうため、2つの状態を区別することができない。交代磁性体は、反平行なスピン配列と、特殊な対称性の原子配列を併せ持っており、↑↓と↓↑の2つのスピン状態が区別可能となっている。

<交代磁性体とは>
 磁性体は、現在の情報社会のあらゆる場面で利用されており、磁気情報の効率的な保持・制御のための新手法の開拓が大きな課題となっています。例えば、私たちの日常でよく目にする磁石の中では、N極の方向に電子のスピンが向きを揃えて平行に整列した状態が実現しています。このような物質は強磁性体と呼ばれ、現在の磁気記憶素子(MRAM・ハードディスクなど)では、強磁性体における↑と↓のスピン状態が情報の記録に利用されています(図1)。強磁性体は、磁化(磁性体中のスピンの平均値に相当)に起因したさまざまな応答を示す事が知られており、この性質を使って情報の読み書きを行うことが可能です。一方、もう1つの代表的な磁性体として、スピンが反平行に整列した反強磁性体が知られています。しかし、反強磁性体における↑↓と↓↑のスピン状態は、通常は平行移動によって完全に一致してしまうため、区別して読み出すことが困難で、情報の保持には不向きであると考えられてきました。

 しかし最近、反平行なスピン配列と、特殊な対称性の原子配列を併せ持つ、「交代磁性体(Altermagnet)」と呼ばれる新しいカテゴリの磁性体が理論的に提案され、第三の磁性体として大きな注目を集めています(図1)。交代磁性体では、特殊な原子配列のおかげで、↑↓と↓↑のスピン状態が平行移動しても一致しないため、両者を区別して読み出すことが可能です。また、このような状況においては、↑↓と↓↑のスピン状態の下で運動する電子が、量子力学的な機構を通じてそれぞれ逆符号の大きな仮想磁場を感じることがわかっており、磁化がゼロであるにも関わらず、強磁性体と同等の手法による情報の読み書きができることが予測されています(図2)。例えば、強磁性体では電流に直交した方向に起電力が生じる「ホール効果」と呼ばれる現象が、磁化に比例して生じることが知られています。一方、交代磁性体の場合には、↑↓と↓↑の2つのスピン状態が、仮想磁場を介して逆符号のホール効果を生じることが予想されており、この現象を使って2つの状態を電気的に区別して読み出すことができると期待されます。

図2:強磁性体と交代磁性体におけるホール効果
強磁性体では、磁化に比例したホール効果が生じることが知られており、この現象を利用して↑と↓のスピン状態を区別して読み出すことができる。磁化がゼロの反強磁性体では、こうしたホール効果は通常生じない。一方、交代磁性体の場合、↑↓と↓↑のスピン状態が、量子力学的な機構を通じて逆符号の仮想磁場を誘起することで、磁化がゼロでもホール効果が生じる。この現象を利用して2つの状態を電気的に区別して読み出すことが可能である。

 本研究では、こうした概念を実現する新物質を探索することで、室温で情報の読み書きが可能な世界初の交代磁性体を発見することに成功しました。具体的には、磁性半導体であるFeSが、室温で動作可能な交代磁性体であることをX線・中性子回折実験により突き止め、外場のない状態で情報が不揮発に保持されることを明らかにしました。さらに、ホール効果の測定を通じて、↑↓と↓↑の2つのスピン状態を電気的に区別して読み出すことに成功しました(図3)。第一原理計算による詳細な解析を行うことで、前述の理論による予測通り、観測されたホール効果が反平行スピン配列によって誘起される仮想磁場に起因していることを明らかにしました。

図3:室温で情報の読み書きが可能な交代磁性体FeS
(a)FeSにおけるスピン配列と原子配列。(b)室温における磁化とホール抵抗率の外部磁場依存性。ホール抵抗率には
ヒステリシスを伴う大きな信号が観測されており、反平行スピン配列が誘起する仮想磁場がその起源となっている。外部磁場の符号によって↑↓と↓↑のスピン状態を不揮発に切り替えることができ、ホール効果によって2つの状態を電気的に読み出すことが可能である。

 交代磁性体は、従来利用されてきた強磁性体と異なり、①ビット間干渉の原因となる漏れ磁場が存在しないため素子の集積化に有利、②応答速度が100倍以上高速、③磁気的な外乱に対する耐性が高い、といった、応用上有利な特徴を持ちます。FeSは磁気秩序温度(スピンが整列する温度)が300℃程度と非常に高く、今回の室温で情報の読み書きが可能な交代磁性体の発見は、その超高密度・超高速な次世代の情報媒体としての活用につながることが期待されます。

<磁石プロの視点>
 現在の磁気記録媒体としてのハードディスク(HDD)はSSDの高容量化に押されて衰退するのではないかといわれていますが、この発見によって新たな展開が生まれそうです。デバイス(ドライブ)の形態がどのようになるのかはまだわかりませんが、少なくとも現在のHDD、SSDの応答速度、記録容量、安定性をはるかに凌駕する可能性を秘めていると考えられます。これでまたひとつ、AIの世界を担う新たなデバイスが日本で誕生しそうです。

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