スピントロニクスを用いた新素子・スピンメモリスタ
<AIデバイスの消費電力を1/100に>*TDKプレスリリース
TDK株式会社(社長:齋藤 昇)は、10月2日、スピントロニクス技術を用いた超低消費電力のニューロモルフィック素子、スピンメモリスタを開発したことを発表しました。
スピンメモリスタがニューロモルフィックデバイスの基本素子として機能することをフランスの原子力・代替エネルギー庁(Commissariat à l’énergie atomique et aux énergies alternatives:CEA)(以下、CEA)の協力を得て実証し、今後は実用化に向けて東北大学の国際集積エレクトロニクス研究開発センター(以下、東北大学)と連携していきます。消費電力を100分の1に低減できるニューロモルフィックデバイスの実用化を目指し、産学官の国際連携で開発を推進します。
近年のAIの発展やビッグデータの活用によりDX化が進み、生活が豊かになる一方で、膨大なデータの演算処理やAIの発展に伴う電力消費の増大という課題が更に顕在化してくることが予想されます。当社はDXに貢献すると共に、DXによる社会課題の解決にも貢献します。
<AI利用の高まりとエネルギー問題>*TDK Developing Technologies
現在、AIの用途は急速に広がっており、身近においてもAIについてのニュースを耳にすることが多くなってきました。現在のAIはクラウドを中心としたものですが、将来的には人に近いエッジにおいて巨大市場へと成長すると期待されています。一方で、最新のAIには膨大な計算資源が必要とされています。AIの発展がこのまま進むと世界のエネルギー消費が爆発的に増大してしまい新たな社会課題となっていきます。 したがって、AIの広範囲の社会実装を実現するためには、この消費電力の大幅な削減が必要不可欠です。これまでは半導体の微細化とデジタルアーキテクチャの進化が技術の成長を支えてきました。しかしながら半導体のムーアの法則の終焉やフォンノイマンボトルネックが現実化しつつある現在では、このアプローチは限界を迎えつつあり、新たな解決方法が強く求められています。
<人の脳の機能を模倣したニューロモーフィックデバイス>*TDK Developing Technologies
消費電力問題を解決する革新技術として注目されているのが、人間の脳の仕組みを模倣したニューロモーフィックデバイスです。人間の脳はおよそ20Wで動作しており、現在使われているデジタルAI計算の1万分の1の電力でより複雑な判断を行うことができる究極の省エネルギーデバイスです。人間の脳は多数のシナプスとニューロンからなる複雑なネットワークによって構成されていますが、ニューロモーフィックデバイスではこれを電気的に模倣します。そのカギとなるのがメモリスタと呼ばれる電気素子です。メモリスタは通過した電荷に応じて伝導度や抵抗値が変化する素子であり、シナプスとしての機能を受け持ちます。ニューロモーフィックデバイスでは、このメモリスタを多数繋げてアレイを構成し、AI処理を人の脳の信号のやり取りに近づけることで電力を下げることができます。
<TDKのスピンメモリスタの特徴と優位性>*TDK Developing Technologies
TDKの開発するスピンメモリスタは、TDKがこれまでに培ってきたHDDヘッドや磁気センサに持ちいられる磁気抵抗効果を利用した新たな原理に基づくメモリスタであり、磁石のもつデータ保持の良さとと制御性の良さをあわせもつ事が特徴です。これらの特性によって、低消費電力で動作可能なニューロモーフィックデバイスをより簡単な回路で実現することができると期待されます。また制御性が良いことを利用して、これまでの素子では困難であったクラウドを使わないチップ上でのAI学習も実現することができるようになります。現在TDKでは、このスピンメモリスタを用いたニューロモーフィックデバイスのチップレベルでの技術実証に向けた開発を進めています。
<2030年にも量産技術の確立へ>*TDK-CEATEC
TDKは今後、フランス・CEAとスピントロニクス研究に強い東北大学も加えた3者連携により、12インチウエハーでスピンメモリスタアレイと回路を試作し、チップレベルでの性能検証を進める。2027年までの実用化と、2030年までの量産技術確立を目指す。「集積する際の課題として歩留まりが挙げられる。歩留まりを向上させつつ、いかに集積を拡大していくかが鍵になる」(TDK)
スピンメモリスタ自体の性能改善も進める。TDKは「材料レベルからの開発が欠かせない。具体的には、スピンメモリスタの磁壁をゆっくりと安定して動かせるような材料が必要になる」と語った。
<磁石プロの視点>
実際、今年のCEATECではTDKがスピンメモリスタの実素子を用いたデモを披露していました。
トンネル磁気抵抗効果(TMR)を応用したスピンメモリスタを搭載したAI回路で音声分離を行うコンセプトデモでしたが、このデモを見る限り、2030年までの量産化は可能ではないかと思いました。AIデバイスの最大の問題点は、消費電力です。この問題点を解決する道のひとつが、このデバイスかもしれません。NTTのIOWN技術も同様に、AIやデータ通信の高速化、消費電力の大幅な低減を狙い、2030年までの実用化を計画しています。このように、日本がAI技術の最先端を担う役割を果たしつつあることは、誇らしく、また感慨深いところです。
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