世界最高性能の超伝導永久磁石開発に成功

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  東京農工大学、九州大学、ロンドン大学のグループは人工知能(AI)の手法の1つである機械学習を合成プロセスに活用することで、世界最高の磁力を持つ「鉄系高温超伝導体の永久磁石」を開発、テスラクラスの強力磁場を安定保持することに初めて成功しました。
 高温超伝導体では、磁力の元となる超伝導電流が結晶粒界(超伝導体の結晶と結晶の間のつなぎめ)で抑制される課題がありました。本研究では、無数の結晶と結晶粒界から構成される多結晶材料の複雑なミクロ構造を超伝導電流が流れやすいように制御するため、AIによるアプローチとを融合した合成プロセスの設計手法を構築しました。この新しいプロセス設計手法により、世界記録の2倍以上強力な磁力を持つ小型の鉄系高温超伝導永久磁石の開発に成功し、医療用MRIレベルの優れた磁場安定性を持つことを実証しました。
 鉄系高温超伝導永久磁石は、一般的によく用いられており安価な多結晶型材料(セラミックス材料)の合成プロセスを応用できることから作りやすく、また希少な冷却剤を必要とせず小型冷凍機で運転できるため、多様な超伝導機器・システムへの応用に貢献すると期待されます。
 本研究の成果は、2024年6月7日(金)にSpringer Nature科学誌「NPG Asia Materials」のオンライン版で公開されました。

<高温超伝導体を超伝導磁石に>
 超伝導は、転移温度以下に冷却することで電気抵抗がゼロになる現象です。そのため、超伝導体を磁石にすれば磁力が長期間減衰せず、永久磁石のように振る舞います。この極低温への冷却には主に液体ヘリウム(沸点:絶対温度4.2K=-269℃))が使用されますが、ヘリウム資源は需要増大を背景に世界的に不足しているため、転移温度がより高く、エネルギー効率に優れた冷凍機による冷却で応用可能な高温超伝導体の実用化が期待されていました。
 鉄系超伝導体は日本で発見された高温超伝導体群で、銅酸化物系に次ぐ高い転移温度を持つことから、量子コンピューター、高効率送電ケーブル、強力磁石など幅広い分野への応用が期待されています。とくに、超伝導を維持できる上限の磁場が従来材料の2倍以上と極めて高いことから、磁石材料としての応用研究開発が日米欧中などで精力的に進められています。日米共同研究グループが鉄系高温超伝導の磁石化に成功した後、東京大学と産業技術総合研究所の共同研究グループがコイル磁石の試作に成功、昨年には中国科学院の研究グループが1テスラのコイル磁石磁場発生に成功したことを報告していました。

<ネオジム磁石の数倍の高磁力>
 次図に示すように、研究者とAIは磁力の元となる超伝導電流性能をターゲットに、同じデータベースを共有しながら独立してプロセス設計を進めました。研究者は電流特性のデータやミクロ構造などの知見を基に、AIは電流特性データの機械学習により次の合成プロセスを提案しました。これに基づいて研究者が試料を合成して特性を評価し、データベースを更新する一連の流れを繰り返しました。このようにして最適な合成プロセスの条件を研究者とAIがそれぞれに見出し、これらの条件で図2のような2つの円盤バルク(塊)状の磁石を合成しました。
 小型冷凍機によって、転移温度(38K=-235℃)以下に冷やした状態で、外部から磁化すると永久磁石の性質を示し、市販のネオジム永久磁石の数倍に相当する2テスラを上回る磁力が得られました。これまでに鉄系高温超伝導体の磁石を用いて米国立強磁場研究所や中国科学院のグループなどが報告していた、世界記録を2倍超上回る磁力です。また、3日間にわたり磁力の変化を計測したところ、テスラクラスの強大な磁力にも関わらず極めて小さい減衰で保持できることが分かりました。さらに、本共同研究グループのエインズリーらが最先端の有限要素モデリング(複雑な現実世界をまるごと計算するのではなく、比較的単純な要素に分解し、要素毎の計算結果を合わせることで算出する手法)で解析したところ、磁力の実験値はシミュレーションの結果と優れた一致を示し、磁力の起源となる超伝導電流が均一に循環していることが示唆されました。

研究者とAIが同じ実験データを共有しながら、独立してプロセス設計する枠組み東京農工大プレスリリース)

 次図は、本開発の鉄系高温超伝導磁石(直径30 mm、厚さ6 mm)。左側①はAIが設計したプロセス、右側②は研究者が設計したプロセスで合成しました。2つの磁石を重ねて磁力を測定しました。

試作した鉄系高温超伝導磁石(東京農工大プレスリリース)

<磁石プロの視点>
1,超伝導材料および磁性材料分野での画期的な成功
 超伝導材料は古くから全世界で開発競争が繰り広げられていました。特に、液体ヘリウムを使わないで済む転移温度の高い、実用性の高い高温温超伝導材料の出現が待たれていました。次の図に、超伝導材料と超伝導転移温度の変遷を示します。

各種超伝導材料と転移温度の推移(東京大学大学院 橘高研究室)

 この図でも分かりますように、高温超伝導材料としては銅酸化物系がその転移温度の高さで他を圧倒していて、近年、YBa2Cu3O7などのREBCO線材が、ケーブルや巻き線超伝導電磁石などで実用化しています。しかしながら、銅酸化物系では永久磁石には不可欠な、安定でかつ高い超伝導磁場の保持が実現できませんでした。そこで、前図にあるLaFeAsO1-XFXなどの新しい鉄系の超伝導材料が着目されました。この系は、転移温度では酸化物系には劣るものの、小型冷凍機でも冷却できる転移温度を有していて、且つ超伝導を維持できる上限の磁場(上部臨界磁場Hc2)が極めて高いため、世界中の研究機関が注目していました。
 本開発の成功は、液体ヘリウムを使わないMRIを筆頭に、各種超伝導機器への応用に対して大きな可能性を広げることになります。

2,現行の永久磁石との相違点
 大きく違う点は、通常の永久磁石とは異なり、本開発の超伝導磁石は磁石を超伝導転移温度Tc(超伝導を示す温度)以下、つまり38K(-235℃)以下に冷却しておく必要があることです。また、磁化の過程や磁化を保持(保磁)するメカニズムが全く異なります。
次図は、永久磁石になる可能性を有する第2種超伝導体に外部磁場を加えた場合の磁束の侵入状態を示したものです。

 Hc1を下部臨界磁場と呼び、超伝導体に磁束が侵入し始める磁場の強さです。下部臨界磁場Hc1までは反磁性を示しますが(左図)、Hc1を越えると外部の磁束+Hが超伝導体内部に侵入し始めて徐々に増加してゆき(中図)、そして上部臨界磁場Hc2に達すると超伝導状態は破れ、反磁場もなくなります(右図)。このような超伝導体を第2種超伝導体と呼びます。ちなみに、第1種超伝導体では、臨界磁場になると急激に磁束が内部に侵入して、超伝導状態(反磁場状態)が破れます。
 つまり、中図のような状態(Hc1とHc2の間)のできるだけ高磁場で、外部磁場を取り除いても磁束内部の磁束が保持(ピン止め)されていて、強い残留磁化を得ることが重要です。恐らく本開発のポイントはこのピン止め技術にあったと考えられます。

 詳細な説明は割愛しますが、次図は超伝導永久磁石と通常の永久磁石の磁気履歴曲線(ヒステリシスループ)を比較したものです。超伝導永久磁石では、履歴曲線の第1象限、Hc1-Hc2間から外部磁化を取り除いてゼロにする過程で、いかに残留磁束が多く残るか(ピン止めされるか)が鍵となります。

3,今後の課題
 本開発の成功により、まずは冷凍機が使える範囲で、バルクの超伝導永久磁石の実用化に大きく前進しましたが、依然として超低温に磁石を冷却しなければ永久磁石としての役目を果たせません。
理想的且つ実用的な超伝導永久磁石の条件は、
(1) 室温以上の臨界温度Tcを有する超伝導物質であること。
(2) 第2種超伝導体であり、大きな値の上部臨界磁場Hc2を有すること。
(3) 効率的で安定したピン止め技術を開発すること。
(4) 資源的な制約が少ないこと。
などの厳しい条件があります。幸い、世界中の研究者の努力により、(2),(3),(4)は大きく前進していますが、(1)については、まだまだのようです。超伝導体の永久磁石がネオジム磁石に代わる夢の磁石といわれてはいますが、どうやら、画期的な(室温以上のTcを持つ)高温超伝導物質の出現を待たざるを得ないのが現実であり、先は遠いようです。今後の地道な研究開発に期待します。

                          2024年10月7日 ネオマグ株式会社

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